自閉症の子を持つDavidMichellさん?

2016-07-15 14:03:25

テーマ: David Mitchell

David Mitchell さん宅

3時間に及ぶ食事会の中で、ノア君と青年は言葉を交わす事は無かったようです。

最後の別れの時

ノア君は青年に近づいてきて、その手を取り、お別れの挨拶をするのだった。

その手は

 

ノア君は、しっかり握っている。   青年は、受けてます。

それを見たミッチェルさんは

[ 二人の間に何らかの以心伝心があったと思います] と 語った。

私見

芸術家、小説家(ミッチェルさん)は、希望、善、愛、博愛、が深く、

僅かでも、希望を見つけそれを評価する優しさがあります。

ノア君は、イギリス紳士のミッチェルさんに育てられ、挨拶だけは教え込まれたと思います。

その意味が分らなくても、挨拶する(握手)行為を何回もする事によって、条件反射的に手を差し伸べるのです。

このパブロフの反射条件が、自閉症治療の基礎と思います。

http://ameblo.jp/tanukon100/entry-12056044595.html   

・・・・遠くへの出発

二人が、手を握り合ってる姿は 大きな喜びをもたらしてくれました。

私は、この記憶を いつまでも宝物として持ち続けるでしょう

自分の思いようが、自分を納得させる。

最後の締めくくりとして、別れのあいさつ(僅か2秒)の出来事を

いつまでも私の宝物として持ち続けるでしょうと、ミッチェルさんは自分を納得させます。

ミッチェルさんの部分では、平和で落ち着いた愛を語る場面で終わっています。

作品としてテーマに沿い完結させました。

この番組が、尊い芸術作品となったのです。

私見

で?

それが全てですか?  完結ですか?

下品で優しくない日本人の私は、その後が知りたい。

父親としてそれで満足できるのでしょうか?

前半部分で、自閉症のノアを直そうと、青年に会せる事に懸命になっていたミッチェルさんは、息子の自閉症に、屈服したのでしょうか?

いえ そんなことは無い

ミッチェルさんは、こんな事を言ってます。

日本青年の自閉症は幸いです。→ミッチェルさんの言葉

自閉症状の特殊な例として、感情、気持、愛が分る脳内の部分が壊れていなかった日本の自閉症青年。

あなたの自閉症状は、特殊です。

それは、幸運です。

幸いです

ある人たちに 私達にも、悪い事じゃない→ミッチェルさんの言葉

それは、同じような感情、愛、が初めから理解出来る自閉症者にとっても、

私達の様な感情、愛の部分を感じる脳の部位が壊れている(希薄な)自閉症

(90%の自閉症者) にとっても。

あなたのようなとても良い症状の人がいる、と言う事は、悪い事ではない。

ここで、ミッチェルさんの考えていることが分ります。

あなたは、特殊で、ノアの症状とは違うものなのだと

つまり、同じ自閉症でも、症状が全く違う

ミッチェルさんは、目標を失うのです。

自閉症と対峙するには、ミッチェルさんの様な崇高な人よりも、私の様な下品で、優しくなく、物事を悪く受け取るひねくれ者のほうが、適しているのかも

私(ミッチェルさん)は、日本の青年に助けを求めました。

彼は、突然飛び跳ねたり、帽子のツバをかじったり、奇怪な行動をします。

この症状を見ると、ノアと同じ病と感じました。

外見と自閉症と言う言葉で同じ病と判断したのです。

青年は、自閉症の中の特殊な自閉症状と言う事を 今ようやく知るのでした。

日本の青年に頼んで、ノアの中にある感情、愛を引き出してもらえると思っていた過去が悔やまれます。

結論として、ノアは、感情、愛等 持ち合わせておりませんでした。

もともと無いものを有ると勘違いして、その引き出し方を他人に期待したのが失敗なのかもしれません。

もっと早くから、日本の青年がノアとは違う、特殊な自閉症であると知っていたら、対応が変わっていたかもしれません。

この10年間の時間を、もっと他の方法に向けていたら・・・・

世界的に有名なミッチェルさんのこと、

今頃は新たな治療法を見つけ、ノア君と共に新しい生活を

始めているのではと思います。

ミッチェルさんは、twitterを始められたようです。

勿論フォローさせて頂きましたが、これから素晴らしいニュースが入るのではと

期待しています。

この番組は、自閉的行動が顕著な日本の青年が、主人公です。

私も、皆さまと同様、日本の「自閉症作家」のTV番組は、素晴らしいと感じました。

自閉児をお持ちの親の方達の

参考になれば、嬉しいです

#ハッシュタグ

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#デビッドミッチェル

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