「米国の若者に守られた日本人」

 多くの日本人が誤解しているのは、「戦後70年間日本人が一人の戦死者も出していないのは『憲法9条があるから』と思っていることです。100歩譲って、「戦後72年間日本の平和が守られてきたのは、『日米安保』のおかげだ」と言うのも間違いだと思います。そのような「戦争アレルギー」を持っていては、到底中国や韓国、北朝鮮の軍事攻撃にも「国を護れません」し、まともな「国家」を後世に残すことはできません。何よりも最も大きな誤解は、「日本は軍国主義だったがアメリカはそうではなかった。戦後日本は反省し軍国主義を捨てたから平和になった。今はアメリカの平和主義の路線に沿って軍備強化を防ぎ、米軍基地に反対すれば平和な日本を残せる」と言う「お花畑感覚」の中国や韓国による「洗脳教育」に嵌っている日本人です。

 米国は日本に再軍備させたら、「復讐される(西欧のみならず国際法上も復讐は認められている)」ので、「不戦憲法」を押し付け、日本に基地を置いて再軍備をコントロールしているだけで、それだけ日本軍が米国を恐怖に陥れた、自国の軍隊を使ってまで日本を守ると言わしめただけで、そのアメリカは戦前の日本の「軍隊」の位置づけを、現在も守っているのであって、70年経って日本が骨抜きになってきたことと、中国や北朝鮮が反米反日で刃向かってくることから、アメリカは方向転換を図り、日本の自衛隊を強化させ「対中対北朝鮮の先兵」にしようとしていますが、その根本である日本人の『国防意識』がまるで『世界標準』から大きく脱線しており、「日米安保」があり、「自衛隊」がおれば、国民は「戦争なんて関係ない」と言う、とんでもない感覚では、到底日本は「国を護れ」ません。

 米国の兵役はベトナム戦争後に「徴兵制」が廃止され、湾岸戦争で捕虜になった女性兵士が「奨学金を得て大学に進みたいので志願した」と言って有名になりましたが、アメリカの下層階級出身者が一発逆転でのし上がるには、兵役は欠かせない制度になって居ます。つまり、アメリカの大学はべら棒に学費が高く、普通の家庭では進学できないほど貧富の差があるのです。したがって、トランプ大統領の閣僚にも多くの軍隊経験者がいるのは、底辺からのし上がった「成功者」が含まれるという事です。それほどアメリカは「階級社会」であることを日本人は忘れています。

 アメリカの田舎でも、必ず「国旗」や「州旗」が掲げられており、「郷土資料館」には、「おらが村の名物や名士の偉業のほか、必ず郷土出身の将兵の遺品、記念品(軍服、軍帽、徽章、階級章、感状、そのほか日本軍から奪った日の丸、千人針、飯盒、手帳、腕時計、軍刀、拳銃、医薬品)などが展示されています。しかし、日本中どこを探しても、町営や村営の「郷土資料館」に郷土の先人が打ち立てた「武勲の顕彰碑」もなければ、「戦場に散った先祖の遺品の展示」も、「なぜ戦ったのか?」「ナゼ負けたのか」も展示されていません。アリゾナ州kingmanという町は多くの戦闘機や爆撃機を作ってきたことで知られますが、そこの博物館に行くと「エノラゲイ」と言う「原爆を投下した爆撃機」や「原爆投下の指令書」までが展示されていると言います。

 さらには、ご存知のように「ベテランズ・デー(退役軍人の日)」には、多くの退役軍人たちが全国で中高生のマーチの演奏に乗って颯爽と軍服に身を包み誇らしくパレードをする。そうした「国防においては軍人が尊敬され、軍歴がその人の価値を現し、「命を懸けて国を護る」意識が国民に浸透していてこそ、「戦争の記憶」や「戦没者の功績」を国民が忘れないでいてこそ、日本は自分の国が自分で守れるのです。キチンと「陸軍記念日」は「海軍記念日」を設けて、国民が「国防意識」をキチンとスイス並みに持ってこそ、初めて「靖国神社の価値」は国民に理解されるのであって、「例大祭」に参拝したか?「真榊を奉納したか?」などと言うごまかししか議論されないレベルでは、到底本気で国民が国防に立ち上がることはできないでしょう。

 なぜ、戦ってもいない中華人民共和国に「戦勝70周年記念パレード」があって、日本に「国防の日」がないのか?「防衛省」があるのに、なぜ「学校教育に国防論の科目がないのか?」いつまで、日本人はアメリカの若者に命がけで日本を守らせるのか?まさか「日本は基地を提供しているのだから、アメリカ兵は傭兵になって命を落せ!」と言うのじゃないでしょうね?